電流の補足
電流の向きの定義
電流の向きが決められた科学史的経緯は詳しくは分かりませんが、電流という概念が出来上がった後、電子の動きを発見し、たまたまその向きが逆だったということのようです。そしておそらく電流の向きを定義し直すには大きな混乱が起きそうなのでそうしなかったのだと思います。今でもそれが引き継がれ、向きを定義し直そうとしないのは、科学者にとってはそれが大したことではないからだと思います。科学を学び始める中高生にとっては迷惑な話かもしれませんが、科学者は、『正電荷が動くということ』で示したことが頭に入っているのでそれほどストレスを感じないんだと思います。
電流の速さ
本編で説明した I = envS という式から、おおよその電流の速さを求めてみます。
導線の素材としては銅が用いられることが多いのですが、銅の自由電子の数密度はおよそ n = 8.5×1028 /m3 です。この銅でできた断面積 S = 1.0 mm2 = 1.0×10-6 m2 の導線に、I = 8.5 A の電流を流したとします。
このときの電流の速さ v [m/s] を求めます。
I = envS
∴ v = \(\large{\frac{I}{enS}}\)
= \(\large{\frac{8.5}{1.6\times 10^{-19}\ \times \ 8.5\times 10^{28}\ \times \ 1.0\times 10^{-6}}}\)
= \(\large{\frac{1}{1.6\times 10^{-19}\ \times \ 1\times 10^{28}\ \times \ 1.0\times 10^{-6}}}\)
= \(\large{\frac{1}{1.6\times 10^{3}}}\)
= 0.625×10-3
≒ 6.3×10-4 m/s
= 0.63 mm/s
電流の速さ(自由電子の平均の速さ)は秒速 0.63 mm 、ということです。家庭用電気製品の場合、もうちょっと断面積が太くて、電流はもうちょっと少ないかもしれませんが、それにしても電流はかなりゆっくり動くことが分かります。
もう一つ、I = envS という式から分かるのは、導線が途中から細くなっている場合(こんな導線は無いでしょうが)、I が一定で S が小さくなるのですから、v が大きくなる、つまり電流の流速が速くなる、ということが分かります。電流は水流と似ています。
「電流の速さ」と「電流の増減が伝わる速さ」
上記のように電流の速さは意外と遅いのですが、固定電話の通話は一瞬で伝わるし、部屋の照明もスイッチを入れればすぐ点きます。矛盾するように感じてしまうかもしれませんが、「電流の速さ」と「電流の増減(電気信号)が伝わる速さ」は実は別物なのです。
一つひとつのスピードが遅くても伝播のスピードが速いということがありえるのです。
下の図では小さいブロックも大きいブロックも動くスピードは一緒です。隣のブロックに動きが伝わる速さ(伝播のスピード)に違いがあります。
自由電子の動きは隣の自由電子へ一瞬で伝わります。上のアニメーションでたとえれば、ブロックとブロックの隙間が全く無い状態です。個々の自由電子の動きが遅くても、その動きの影響は一瞬で伝播します。
たとえば「ドミノ倒し」においても、
各ドミノがこのような形だったら波の伝わるスピードは速くなります。