図1のように、なめらかで水平な床の上にある傾斜角 θ (0° < θ < 90°) の斜面をもつ質量 M の台Aと、その台の斜面上にある質量 m の物体Bを考える。台Aは床の上を水平方向のみに自由に運動ができて、床との間に摩擦力ははたらかない。一方、台Aの斜面と物体Bの間には摩擦力がはたらき、その静止摩擦係数は μ である。台Aの斜面上に物体Bを静かに置いたとき、物体Bは斜面上に止まったまま、台Aとともに静止していた。台Aと物体Bがともに静止した状態から、 台Aを水平右向きに一定の大きさ F の力で引くと、F の大きさに応じて異なる運動が観測された。F の力で引く前の状態といろいろな F の値に対する運動について、以下の問1~4に答えなさい。ただし、重力加速度の大きさを g とし、物体Bの大きさは無視してよい。
(問1)F の力で引くまでは、台Aと物体Bはともに静止していた。このとき、μ のとりうる値の範囲を求めなさい。ただし、解答欄の図中に物体Bにはたらく全ての力の名称および向きを記入したうえで、導出の過程も示しなさい。力の向きは矢印で表しなさい。
(問2)F が小さい場合には、物体Bは斜面上に止まったまま、台Aとともに一体となって水平右向きに加速した。この加速度の大きさを F を用いて表しなさい。
(問3)F がある大きさ F1 を境にしてそれよりも大きい場合には、物体Bは斜面に沿って滑り落ちた。 F1 の大きさを求めなさい。ただし、導出の過程も示しなさい。
(問4)F が十分大きい場合には、物体Bは F の大きさによらない運動をした。このときの物体Bの運動を簡潔に述べなさい。
#神戸大14
物体Bが滑り落ちるかどうかは
・斜面の摩擦の大きさ
・斜面の角度
・引っ張る力の大きさ
によって状況が変わります。
μ が大きければ滑り落ちにくいですし、小さければ滑り落ちやすいです。
θ が大きければ滑り落ちやすいですし、小さければ滑り落ちにくいです。
F が大きければ滑り落ちやすいですし、小さければ滑り落ちにくいです。
(問1)
μ がいくら以上であれば滑り落ちないか考えます。摩擦角を求める話とほぼ一緒です
『摩擦角』項は静止摩擦係数が固定されていて斜面の角度が変化するというようなイメージ、
本問は斜面の角度が固定されていて静止摩擦係数が変化するというようなイメージです。
。
物体Bには重力 mg がはたらいています。
この重力を運動方向とそれに垂直な方向に分解しますと、
このようになります。mgsinθ と mgcosθ です。(たぶん、この2つの力は記入する必要はありません)
運動方向と垂直な力 mgcosθ とつり合っているのが垂直抗力です。つり合っているのだからその大きさは mgcosθ です。
運動方向の力 mgsinθ とつり合っているのが静止摩擦力です。つり合っているのだからその大きさは mgsinθ です。
そして、静止摩擦係数が μ であるときの最大静止摩擦力は μ × 垂直効力 であり、μmgcosθ です。
この最大静止摩擦力が mgsinθ 以上の大きさであれば、物体Bは滑り落ちないので、
μmgcosθ ≧ mgsinθ
∴ μ ≧ \(\large{\frac{mg\sinθ}{mg\cosθ}}\)
∴ μ ≧ tanθ
物体Bにはたらく力と名称は左図の3つです。これら3つの力がつり合って、物体Bは静止しています。
(矢印の起点はいい加減でも減点されないと思いますが、矢印の大きさと向きは、ちゃんと3つのベクトルの和が 0 になるように描かないと減点されるかもしれません。また、静止摩擦力の所を最大静止摩擦力と書いてしまうと減点されるかバツにされると思います。)
図 2
図 3
図 4
(問2)
F が小さければ、物体Bが滑り落ちないこともあり得ます。上の図2のような運動です。
滑り落ちなければ台Aと物体Bは一体であるとみなすことができ、求める加速度を a とすると、以下のような運動方程式が立てられます。
(M + m)a = F
∴ a = \(\large{\frac{F}{M+m}}\)
(問3)
問2の状態から F を徐々に大きくしていくと図3のように物体Bが滑り落ちるようになります。この図2から図3への境となる力の大きさを求めよ、というのが問3の趣旨です。
ぎりぎり滑り落ちないときの力が F1 であるとすると、このときの台Aと物体Bの加速度(a1と置く)は、問2と同じように考えて、
(M + m)a1 = F1 ……①
∴ a1 = \(\large{\frac{F_1}{M+m}}\)
この加速度で台Aと物体Bは運動しています。
そしてこのとき、台Aと一緒に運動している観測者から物体Bを見ると、
物体Bには ma1 の慣性力がはたらいているように感じられます。
つまり、物体Bには ma1 の慣性力と mg の重力がはたらいています。
これらを、斜面方向と斜面に垂直な方向に分解しますと、
それぞれ、
ma1cosθ 、ma1sinθ
mgcosθ 、mgsinθ
となります。
よって、垂直抗力の大きさは
mgcosθ - ma1sinθ
= mgcosθ - ma1sinθ
となります。
最大静止摩擦力は静止摩擦係数と垂直抗力を掛けたものだから、
μ(mgcosθ - ma1sinθ)
であり、
物体Bを滑り落とそうとする力は
ma1cosθ + mgsinθ
であり、
今は、この力がちょうど最大静止摩擦力と同じになっていて物体Bがぎりぎり踏み留まっています。(もし最大静止摩擦力より大きくなれば図3のように滑り落ちていきます)
すなわち、
ma1cosθ + mgsinθ = μ(mgcosθ - ma1sinθ)
∴ a1cosθ + gsinθ = μ(gcosθ - a1sinθ)
∴ a1cosθ + μa1sinθ = μgcosθ - gsinθ
∴ (cosθ + μsinθ)a1 = (μcosθ - sinθ)g
∴ a1 = \(\large{\frac{μ\cosθ-\sinθ}{μ\sinθ+\cosθ}}\)g
①式 (M + m)a1 = F1 に代入すると、
F1 = \(\large{\frac{μ\cosθ-\sinθ}{μ\sinθ+\cosθ}}\)(M + m)g
(問4)
F が十分大きくて、F の大きさによらない運動というのはまさに図4のような状態であるということです。
台Aを引いた途端、物体Bは自由落下運動を始める。
(余談:1)
図3の状態から徐々に F を大きくしていくと図4の状態になるわけですが、この図3と図4の境となる力の大きさ(F2 と置きます)を求めてみます。
その境となるときというのは、垂直抗力が 0 となるときです。このときは台Aと物体Bが互いに影響を及ぼし合っていないので、F2 の力は台Aだけに掛かり、台Aの加速度を a2 として運動方程式を立てますと、
Ma2 = F2 ……②
となり、
a2 = \(\large{\frac{F_2}{M}}\)
と加速度が求まります。
そして、台Aから見ると、物体Bには ma2 の慣性力がはたらいているように感じられます。
つまり、物体Bには ma2 の慣性力と mg の重力がはたらいています。
これらを、斜面方向と斜面に垂直な方向に分解しますと、
それぞれ、
ma2cosθ 、ma2sinθ
mgcosθ 、mgsinθ
であり、
斜面に垂直な成分の ma2sinθ と mgcosθ が等しくなって垂直抗力が 0 になります。
ma2sinθ = mgcosθ
∴ a2sinθ = gcosθ
∴ a2 = \(\large{\frac{\cosθ}{\sinθ}}\)g
∴ a2 = \(\large{\frac{1}{\tanθ}}\)g
②式 Ma2 = F2 に代入しますと、
F2 = \(\large{\frac{1}{\tanθ}}\)Mg
これが図3の状況から図4の状況に変わるときの境の状態です。もうここまでくると物体Bの質量 m や静止摩擦係数 μ は関係無くなります。
(余談:2)
本問は右に引っ張る場合の話でしたが、左に押すという場合も考えられます。
こんな感じになり、
滑り落とそうとする力が
mgsinθ - macosθ
で、滑り落とさせまいとする静止摩擦力が
mgsinθ - macosθ
です。
もうちょっと強い力で押すと、
mgsinθ = ma3cosθ
となり、静止摩擦力が 0 になります。このときは斜面に摩擦がなくても物体Bは滑り落ちません。斜面上の定位置から動きません。左へ押す力と重力がうまくバランスをとるのです。
このときの加速度を求めますと、
mgsinθ = ma3cosθ
∴ gsinθ = a3cosθ
∴ a3 = gtanθ
運動方程式を立てて力の大きさを求めますと、
(M + m)a3 = F3
∴ F3 = tanθ(M + m)g (向きは左)
(余談:3)
もっともっと強い力で押すと物体Bが斜面を登ることが起こりえます。雨の日に自動車で高速道路を走行したときのフロントガラスをよじ登っていく雨粒のようなイメージです(まあこれは風の影響が大きいでしょうが)。
余談2の場合より強い力で押した場合は、摩擦力の向きは逆になります。上に登って行こうとする動きを阻止しようとする向きです。
物体Bが斜面を登るかどうかの境の状況では、
ma4cosθ - mgsinθ = μ(mgcosθ + ma1sinθ)
となっています。
∴ a4cosθ - gsinθ = μ(gcosθ + a4sinθ)
∴ a4cosθ - μa4sinθ = μgcosθ + gsinθ
∴ (cosθ - μsinθ)a4 = (μcosθ + sinθ)g
∴ a4 = \(\large{\frac{μ\cosθ+\sinθ}{-μ\sinθ+\cosθ}}\)g
運動方程式を立てて力の大きさを求めますと、
(M + m)a4 = F4
∴ F4 = \(\large{\frac{μ\cosθ+\sinθ}{-μ\sinθ+\cosθ}}\)(M + m)g (向きは左)