コイルに蓄えられるエネルギー
スイッチを開いた瞬間、大きな起電力が発生する
巻き数が多くて、長くて、断面積が大きくて、すなわち自己インダクタンスの大きいコイルと、電圧の小さい電池と、ランプと、スイッチが左図のようにつながれているとします。*本当はこのような回路図を描かなければいけないのかもしれませんが、抵抗器は省力しました。
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スイッチを閉じると、ランプがうっすらと点灯します。しばらくして、スイッチを開くと今度は、ランプが一瞬明るく点灯して消えます。スイッチを開けば電池からの電流が流れないはずなのにランプが点灯します。しかもスイッチを閉じているときよりも明るく点灯します。
スイッチを閉じると自己誘導を起こしつつ電流が増えていって、ランプもうっすら点灯します。
次に、スイッチを開くと、電流が 0 になり、コイルにて、磁場が変化し、自己誘導が起こり、自己誘導起電力が発生し、(スイッチが開いているので回路の下半分には電流が流れず)、ランプに電流が流れ、ランプが点灯します。
コイルにおいては、電流が突然 0 になるので時間当りの電流の変化量がとても大きくなり、磁場の変化量も大きくなり、その分、自己誘導起電力も大きくなり、ランプがとても明るく点灯します。自己誘導が起こるのは電流が変化している間ですので、電流が 0 になった後は自己誘導は起こりません。ランプは消えます。
このように、スイッチを閉じるときよりも、開けるときの方がランプは明るく点灯します。スイッチを閉じるときは電流は徐々に大きくなっていきますが(といっても一瞬のうちに定常状態になりますが)、スイッチを開くときは一瞬にして 0 になります。開くときは、時間当たりの電流の変化量が大きいです。
自己誘導起電力は V = - L\(\large{\frac{ΔI}{Δt}}\) という関係がありますので、L が大きく、時間当りの電流の変化量 \(\large{\frac{ΔI}{Δt}}\) が大きければ、自己誘導起電力 V の大きさが電池の起電力より大きくなりえます。
コイルを含む回路においては、L が大きいと電池の電圧より大きな起電力を得られるのです。(スイッチを開いた瞬間だけの話ですが…)
ところで、このときランプが点灯したということはランプに仕事をしたということです。そして、ランプに仕事をしたのは電池ではなくコイルです。これはどういうことかといいますと、コイルが仕事をしたということですので、コイルがエネルギーを持っていたということです。
本項では、この、コイルに蓄えられていたエネルギーについて考えます。
エネルギーの求め方(一般論)
h の高さにある質量 m の物体の位置エネルギーは mgh です。
この mgh というのは、mg の重力に逆らう力で高さ 0 の位置から h まで移動させた仕事のことでもあります。仕事の大きさがエネルギーの大きさになってます。
あらい水平面上で物体を引きずりながら引っ張るとき、摩擦力が F で距離が s だとすると、その仕事の大きさは Fs で、この場合の仕事は何かの位置エネルギーになるわけではなく、摩擦熱というエネルギーになります。物体や床や空気を温めます。
ばね定数 k のばねにおいて、自然長から x だけ伸びた状態のばねのエネルギーは \(\large{\frac{1}{2}}\)kx2 です。
これは、ばねを自然長から x の位置まで力を加えて伸ばしたときの仕事です。仕事をした距離は x で、伸びたときの弾性力は kx ですが、その仕事の量はそれらを掛け合わせた kx2 ではなく \(\large{\frac{1}{2}}\)kx2 です。仕事をし始めるときの力の大きさが kx ではなく 0 なのでこのような形になります。力が 0 から徐々に大きくなって kx となります。このようなときの仕事は kx2 でなく \(\large{\frac{1}{2}}\)kx2 です。
電圧 V の電池につないで Q の電荷を貯めたときのコンデンサーに蓄えられるエネルギーは \(\large{\frac{1}{2}}\)QV です。
これは ΔQ の電荷を1つずつ運んだ場合の仕事です。始めの1つ目は電場が無い状態なので運ぶために力を入れる必要がなく仕事は 0 です。最後の電荷を運ぶときにやっと仕事が VΔQ となり、最初から最後までのトータルの仕事が \(\large{\frac{1}{2}}\)QV であり、これがコンデンサーに蓄えられるエネルギーです。QV ではありません。
……エネルギーの求め方の雰囲気を掴んでいただけたでしょうか。
コイルに蓄えられるエネルギーを求める
それでは、コイルに蓄えられるエネルギーを求めてみます。
上でランプの例を挙げましたが、スイッチを開いたときのランプの明るさの度合いは、その前の定常電流の大きさに比例するものでした。定常電流が大きいときほど、それが 0 になったときとのギャップが大きくなり、自己誘導起電力が大きくなり、ランプが明るくなる、というものでした。ですので、コイルに蓄えられるエネルギーというものは、電流を 0 から定常状態まで上げていったときにした仕事の量、と考えることができます。この仕事によってコイルに磁場ができ、(磁場が作られること以外に仕事の行き場は無く)、スイッチを開いたときにはこの磁場が無くなることにより、ランプが明るく点灯します。(ランプの明るさは L にも比例しますが、L は固定された値です)。
電流というのは電荷の流れのことです*左図では正電荷が右向きに流れていますが、これは負電荷が左向きに流れているともいえます。
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スイッチを閉じた瞬間は電流が大きく変化し自己誘導が起こります。自己誘導起電力によって電荷は動きを妨害されます。妨害される中、電荷が進むということは、電池が仕事をして電荷がエネルギーを持つということです(ばねで例えると、手が仕事をしてばねの長さが変わり、ばねがエネルギーを持つ、ということです)。
具体的な仕事の量を求めてみます。
電位差 V の区間において、q の電荷を運ぶときの仕事は W = qV です。
(仕事)=(電荷)×(電位差=起電力)です。
電流というのは単位時間当たりに流れる電荷の量のことです。ということは電流に時間を掛けると電荷の量になります。I という大きさの電流が流れているとき、短い時間 Δt の間に流れる電荷の量は、IΔt です。
自己誘導起電力の大きさは L\(\large{\frac{ΔI}{Δt}}\) です。*
自己誘導起電力にマイナスを付けてないのは、ここでのエネルギーに関しては正負をあまり気にしなくていいと思うからです。
もし厳密に正負を気にして計算するとなると、
仕事というのは起電力に逆らって力を入れて進むということだから、起電力にマイナスが付いているならそのさらにマイナスが力の方向で、結局仕事の正負はプラスになる、
となります。
つまり計算結果は正負を考えない場合と同じになるということです。
これを重力による位置エネルギーの話に例えると、
一般に高い位置にある方がエネルギーは大きいと考えるから上向きが正と定めることができ、そうすると重力の向きはマイナスであり、仕事をするときは重力に逆らうのだから力の向きはさらにマイナスでそうすると結局仕事はプラスになる、
という感じです。
(もちろん起電力というのは力ではありません、電位差です。『電位』項をよくお読みください。)
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(仕事)=(電荷)×(起電力)ですから、短い時間 Δt の間に電荷を運ぶのに要する仕事 ΔW は以下のようになり、
ΔW = IΔt × L\(\large{\frac{ΔI}{Δt}}\) = LIΔI (これは下のグラフでいうとグレー部分の面積のこと)
定常状態になった電流を I定 としますと、仕事の総量 W は、
左図のグラフの三角形の面積になります。つまり、
W = \(\large{\frac{1}{2}}\) × LI定 × I定 = \(\large{\frac{1}{2}}\)LI定2 ……①
です。横軸は時間ではありません。電流です。
例えば電荷が □ だとして電流が下図のように増えていくとしたら、
電流が変化するのは赤線の部分であり、つまりこの部分で自己誘導起電力が発生し、
グレーの部分の電荷が仕事をすることになります。
*あるいは、
傾きが 1/3 の部分は、自己誘導起電力も 1/3 であり、
電荷が3列あっても 1/3 に減る、と考えることもできます。
この考え方でいきますと、傾きが2倍の部分は列も2倍になると考えればいいと分かります。
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このグレー部分の総量は電荷の増え方と無関係であり、
隙間なくきれいに並べたものが上で示した LI-Iグラフです。
というわけで、仕事の総量は t と無関係であり、
電流が定常状態になったときのその大きさだけで決まる、ということになります。
この仕事の総量がコイルに蓄えられるエネルギーであると考えられるので、上の①式の W を U に、I定 を I に換えて、改めて書き表すと以下のようになります。
コイルに蓄えられるエネルギー
U = \(\large{\frac{1}{2}}\)LI2
これが、定常電流が流れているときのコイルに蓄えられているエネルギーです。電流が 0 のときと比べたときのエネルギーです。電流が流れてないときはエネルギーは 0 です。電流が半分しか流れてないときはコイルに蓄えられているエネルギーは 1/4 です*I が 1/2 になれば、\(\large{\frac{1}{2}}\)LI2 は 1/4 になります。
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このエネルギーが解放されるとランプが点きます。一瞬だけです。
ランプの代わりに抵抗器が接続されていればジュール熱が発生します。
これは、ばねで例えると、伸ばしておいたばねを突然放すようなものです。(コイルを含む回路で不用意に電源を切ると思わぬ高電圧が発生し、回路が壊れてしまうことがあります。)
電流を増やしていってコイル内の磁場を増やして、突然電流を 0 にするということはそのようなことに例えられます。コイル内に溜められた磁場のエネルギーが解放され、ランプや抵抗器で消費される、と考えることができます。コイルに蓄えられるエネルギーのことを磁場エネルギーと呼ぶこともあります。
このとき、巻き数が多くて、長さが長くて、断面積が大きい、すなわち自己インダクタンス L が大きいコイルというのは、ばねでいうところのばね定数 k が大きいこと(強いばね)に相当するといえます。エネルギーをたくさん溜め込めます。